義母の思い出

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孫の服を選ばせてくれた義母

私の義母は今思うと
義母の鑑のような人
だったなとつくづく感じます。

 

なぜ過去形なのかと言うと
義母は6年前に病気を患って
他界してしまったからです。
初孫である私の息子を
それはそれは可愛がってくれました。
決して怒らない
優しいおばあちゃんでした。

 

義母は、私の息子に
よく服を買ってくれました。
その時は何も思わず
買ってもらっていたのですが
後で考えてみるとその買い方は
とても私を気遣った優しい買い方でした。

 

彼女は決して
自分で服を選びませんでした。
私をお店に連れて行ってくれるのです。
そして、私が息子の服を選び
支払いを義母が全部してくれます。

 

義母は
私が初めて妊娠したと分かったときも
デパートに連れて行ってくれて
選んだベビー服にお金を出してくれました。

 

これは、すごく難しいことだと思います。

常に私の思いを尊重してくれた

今、自分が当時の義母の立場になって考えてみると
初孫に洋服をプレゼントするとき
自分が選んだ服を与えたい
という衝動が沸き起こってきます。

 

女性ならきっと
孫や子どもに「あんな服を着せたいな」
という夢があると思います。

 

子どもが独立して子育てから解放されると
赤ちゃんを育てていた頃のことが懐かしくなると思います。

 

そんなところへ息子が結婚し赤ちゃんが生まれると
もう一度いろいろと赤ちゃんの世話を焼きたくなって

 

洋服だって
「赤ちゃんの服って可愛いわね〜。
あら、これも可愛い、こっちも可愛いじゃない」
となって、つい「これを着せたい!」となると思うのです。

 

でも、逆に私が義母にそうされていたら
私はいやだったと思います。

 

私の初めての赤ちゃんに何を着せるかは
やっぱり自分で選びたいと思うからです。
義母は、そうしない人でした。

ありがたかった思い出話

あと、自分の子育て論を
「思い出」として話してくれる人でした。

 

たとえばおむつはずしの話になった時のことです。
私の息子は2歳のとき
まだおむつが取れていませんでした。

 

義母は
「○○(私の夫)のときは、もうね、
一日中パンツ穿かせず裸で居させたのよ〜。
そしたらね、何回か失敗した後
すぐトイレでおしっこできるようになったよ〜」
と話してくれました。

 

これは、私に
「おむつ取りたかったら
一日中裸で居させるようにしたら?」
とアドバイスしているわけではありません。
ただの思い出話です。

 

だから、私も
「そうなんですね〜。ふうん。」
と言って聞いていれば良かったのでした。

 

そして
自分でそれをやってみようと思えば
真似させてもらえばいいし
そのやり方は私は遠慮しとこう
と思ったらやらなければ良かったのです。

 

押し付けがましくないのです。

 

義母は、もしかしたら本当はこのやり方を
私にやってみて欲しかったのかもしれません。

 

「こうやればいいのになぁ。ばかだなぁ。」
と思ったかもしれません。

 

でも、私は勘ぐって
「どうしよう、やらなくちゃいけないのかしら」と
気を使うことはしませんでした。

 

思い出話」風の言い方
とてもありがたかったです。